|
|
|
|
|
 |
 |
|
| ご挨拶 |
|
|
|
 |
猛暑はまだまだ続いていますが、先月の照りつける日差しから陽の角度が変わって、少し和らいできたかのように感じます。
子供の頃、両親の田舎に帰省するこの季節は、手をつけずに溜まる一方の宿題をただひたすら眺めるばかりで、濃い緑と照り返しの厳しいの野山をカブトムシなどを探して駆け回っていました(^^;)ゞ
やや陰りが見えてきた暑さに夏休みの終わりを感じ、緑の盛りの中で夏の照りつける日差しを浴びる。それと溜まり行く一方の宿題の山……。私に限らず日本人にとっての共通の心象風景なのかもしれませんね。
|
|
|
 |
 |
|
|
|
|
|
 |
 |
|
| お勧めCD |
|
|
|
|
| 中村鶴城 ( 薩摩琵琶 ) , 横山勝也 ( 尺八 ) |
| ( ピパルス工房 : WPCR-19043 ) |
 |
 |
5年ほど前のことです。車に乗ってお客さんのところを回っていたとき、何となしにNHK-FMをつけました。そのとき耳に飛び込んできたのは、峻厳と引き締まった薩摩琵琶の音と心からの情感が乗った謡いでした。その音楽の素晴らしさに思わず車を止め、何かに魅入られたかのように30分間放送に聞き入ってしまいました。
放送されていたのは、薩摩琵琶・中村鶴城による『敦盛』でした。
琵琶と申しますと、小泉八雲による『耳なし芳一』が知られています。そこで題材とされた本来の平家琵琶は思いのほか地味な音楽で、音楽というよりも語りが主です。語られる内容はドラマティックでありながら、その伝承は放浪芸のひとつとして地道に伝えられてきたことを強く感じさせます。
弱冠16歳でありながら敗軍の将として一ノ谷の戦いで熊谷直実に討たれる平敦盛。その敦盛の幼さに自分の我が子を思い出し、逃がそうとする直実。しかし直実の後ろには、見方の軍勢が近づいてきます。その直実に敦盛は「ただ疾く疾く首を取れ」と急かし、熊谷は涙ながらに首を取ります。
平家物語に流れ続ける縹渺とした寂寞をダイレクトに伝えるこの作品。それを鶴田錦史の弟子である中村鶴城が激しくも、冷え切った演奏を繰り広げていました。それを偶然、NHK-FMで耳にしたのでした。
その後すぐに彼のCDを購入し、演奏会にも足を運び、その音楽に心揺さぶられました。販売されているCDの中でも特に秀逸なのがここで紹介する『コンサート・ライブ’95/琵琶・日月の韻』です。その演奏会の不思議な縁については、中村鶴城氏の美しく、心のこもったライナーノートで詳しく書かれています。実に素晴らしい演奏です。
始終取り出して聞くCDではないことは確かですが、是非とも皆さんに耳にしてもらいたいCDです。録音も秀逸です。
|
|
|
|
|
|
|
|
|
|
|
| 曹洞宗大本山永平寺にて録音 |
| ( ユニバーサルミュージック : UCCP-3124/5 ) |
 |
 |
自然音のソースとして納得できる物はなかなか見つからないのが実情なのですが、密かに自然音のリファレンスソースとして使用していたのがこの『禅〜只管打座』です。
このCDは、曹洞宗大本山永平寺の一日の風景を録音したものです。境内に朝を知らせる“振鈴”から一日は始まります。無駄を排した静寂と共に修行者の心まで伝わってくる音の風景がしっかりと記録されています。
その音をかけっぱなしにしているだけで「ありがたや、ありがたや……」と手を合わせたくなりますが、聞き物は“Track 2”の『永平寺の朝 暁天(ぎょうてん)坐禅』。しとしとと降りしきる雨音と遠くに聞こえる川のせせらぎ。そこに荘厳な鐘の音が入ります。
録音は1970年11〜12月です。一般に録音は、新しいものが良いとされていますが、個人的には様々な処理/加工がなされた最新録音よりもシンプルで率直な音を残した1970年以前の録音に心惹かれます。もちろん当時のことですから、大掛かりな録音機材を持ち込んで録音したのではないのでしょう。
そのため、テープのよれなどの問題はありますが、余計な機器を通していない率直な音が残っています。
実は現在販売しているスピーカー開発の最終段階で、この“Track 2”の雨音をリファレンスにしていました。ポイントは、この雨音が“春雨”に聞こえるか“秋雨”に聞こえるか。 もちろん“秋雨”に聞こえるほうを選択しました (^v^)/
ここで紹介した“Track 2”『永平寺の朝 暁天(ぎょうてん)坐禅』以外にも、聞いているだけで色々な刺激を与えてくれるものばかりです。解説書も非常に充実していますので、試しに手にとってみてはいかがでしょうか。
|
|
|
|
|
|
|
 |
 |
|
|
|
|
|
 |
 |
|
| お勧めサイト |
|
|
|
|
何の気なしに道を歩いているとき、ふと聞こえてくる“音”。その“音の風景”に大切な思い出が呼び起こされたことはないでしょうか。私の場合、それが匂いと合わさってより一層、身近に思い出されることも多いです。自分の心の中に無意識のうちに折り重なっているもの。それは、実は自分自身の一番大切な記憶なのかもしれません。
無意識に聞き流している日常の“音の風景”。環境庁が中心となって日本全国から選んだ“日本の音の風景100選”の公式ページがこちら。
各地の地域のシンボルとなっている音の聞こえる環境(音風景)をひとつひとつ紹介しています。選ばれた各地域の“音の風景”の背景、その“音”に辿り着くための道筋や季節など分かりやすく紹介しているのですが、肝心の“音”がサンプルとして何も紹介されていないのが残念なところ。やはり、役所仕事ならではということなのでしょうか (^^;)
|
|
|
|
|
日本文化の歴史を調べていくと、表面に出てくる華やかな文化の裏で、お寺などでの琵琶語りや説談説教が一般庶民にとってより身近な芸能であったことがわかります。室町時代になるとその一般庶民の中から独自の文化が出てきます。それが田楽に始まりを持つ能楽・狂言になります。私は能楽・狂言が大好きなのですが、その発展の背景となっているのはやはり『平家物語』であることが良く分かります。
個人的には『源氏物語』よりも『平家物語』のほうが日本文化の粋だと勝手に考えていますが (^o^)/ やはりその魅力は“語り物”としての魅力です。“もの語ること”の大切さ。最近では、声を出して文章を読む大切さがやっと見直されつつありますが、もっと声の力、“もの語ること”の大切さは見直されて良いのではないかと思います。
最近までその伝承が途絶えることが懸念されていた平家琵琶ですが、国文学者の金田一春彦氏の長年の研究でその系譜は保たれることとなりました。その氏のお弟子さんなどが平家琵琶についての詳しい情報を配信しているのが、こちらのサイトです。
|
|
|
 |
 |
|
|
|
|
|
 |
 |
|
| 後 記 |
|
海外から戻るごとに感じるのが、日本は湿度の高い国であるということです。この高い湿度は思いがけないところで、その影響を見せます。
例えば、この時期にスピーカー製作はあまりやりたくない作業です。それはスピーカーの素材である木は、この時期どうしても湿度を吸って膨らみます。そのため冬場の乾燥した時期に、木が縮んで接合部が割れてしまうことがあります。
そのように直接目に見えるもの以外にも、知らないうちにこの気候・風土は私たちに影響を与えているのでしょう。音楽でも、そのことを感じます。実際に、ある人から興味深い話を伺ったことがあります。それは、湿度が高くなると鼓膜自体の動きも重くなるということ。
その鼓膜の状態に合わせて、日本の伝統音楽は発達してきたのであって、湿度の高い時期こそ日本の伝統音楽は耳にしっくりするとのこと。
( ・∀・)つ〃∩ ヘェーヘェーヘェー ! ! !
と思わず唸ってしまいましたが、自分でも確かにその時々の気候に近い国々の音楽を無意識に手にしています。その話を伺った後、湿度・気候のことを気にしながら音楽を聞くようになりましたが、色々と面白い発見はありました。
スピーカーは、ある意味楽器です。そのため、その日の天候によって音は少しずつ変わってきます。最近のスピーカーは、その変化がないようにスピーカー自体、全く呼吸をしないものに仕上げ、安定を保っています。しかし、そのことで何か大事な忘れ物をしてしまっているような気もします。
そのようなスピーカーは、安定性の高い製品と言えるのでしょうが、周りの状況・環境、そして音楽を聴く私たちの体調と息を合わせ、音楽を奏でているのではないのかもしれません。
何事も長所は短所、短所は長所。そのすべてを楽しむことが日々を楽しくする秘訣です。
日本のこの気候・風土に適った形で日本の伝統音楽は、脈々と受け継がれてきました。この暑く湿度の高い季節にこそ、日本の伝統音楽に耳を傾けてみる。いつもよりもなぜかしっくりと聞こえてくるかもしれませんよ \(^O^)/
|
|
|
|
|
| 編集担当:中村 聡 |
|
|
|
【ご意見・お問い合わせ】 : mailing@onkanwa.com
☆メールマガジンの購読登録・停止はこちら
http://www.onkanwa.com/mailing/form.html
※このメールマガジンはhtml形式で配信されています。
|
 |
|
 |
 |
 |
 |
 |
 |
発行:琥珀音響工芸舎 Copyright(c) onkanwa.com All rights reserved. |
 |
 |
 |
 |
 |
 |
 |
|