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琥珀音響工芸舎・メールマガジン【東風】
心安らいだり、思わず笑みを浮かべてしまう音楽などの情報、サイトを紹介していきます。毎月1・15日配信です。
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第46号 : 平成18年4月15日
耳を澄まして聞こえてくる自然の響き。思わず笑みを浮かべてしまう音楽などの情報、サイトを見つけてみました。
http://www.onkanwa.com/
(毎月 1・15日配信)
2006/04/15 号
ご挨拶
桜もとうとう散ってしまって今ではすっかり葉桜。一面、見事に咲いた桜も素晴らしいですが、花と初々しい新緑が混じった葉桜もなかなか美しいもの。個人的には、この葉桜のほうが好きだったりします。

それというのも何よりも初々しい新緑が大好きだからです。これからの1ヶ月間は、心地よい風と目に優しい新緑を堪能できるのだと思うとホクホクとした顔になります。朝露に濡れた新緑を見ながらの散歩は最高の贅沢です(^^)

新緑を見に、電車で東北の山々をぶらりとしたいなぁと思いつつも、なかなか時間が取れないのがとても残念。どうやら近所の井之頭公園をぐるりとするだけで終わりそうですが、皆さんも桜の花見に続いて新緑の中、ゆっくりと散歩してみてはいかがでしょうか。
おすすめCD
古今亭志ん生 名演大全集 (37)
心中時雨傘 (上) (下) / 稽古屋
古今亭志ん生 ( 古典落語 )
( ポニーキャニオン : PCCG00729 )
落語を語る上で絶対にはずせない名人が古今亭志ん生です。天衣無縫で型にはまらない芸は今でも他を寄せ付けない魅力を放っています。その志ん生による落語は面白おかしい落語ばかりに光が当たりがち。しかし一時期、講談師もやっていただけに人情話をとても大事にしていたようです。

数ある志ん生の人情話の中で白眉と言えるのがこの「心中時雨傘」。内容は縁あって夫婦となった二人が生活を苦に手を取り合って心中を遂げると言う悲劇的なもの。かなりマイナーな噺で内容も悲劇的な結末だけにほとんど知られていないと言ってよいでしょう。お笑いの神様の志ん生からは最もかけ離れた噺のように思えますが、ここでの志ん生はいつものクスグリは全くなく、ヒタヒタと静かに広がっていく悲しみを切々と語っていきます。

もともとムラッ気の多い志ん生。手を抜いておざなりでやっているもかなり多いのですが、ここでの志ん生は本気中の本気。志ん生の芸の深みをまざまざと伝える最高の噺となっています。志ん生はこれほどまでに凄い噺家だったことが分かります。是非一度聞いてみることをお勧めします。
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特選落語名人会30 三代目 三遊亭小圓朝
転宅 / かつぎ屋
三遊亭小圓朝 ( 古典落語 )
( キングレコード : KICH3160 )
昭和落語の名人は誰なのか。桂文楽、三遊亭圓生、そして古今亭志ん生。それぞれの魅力がありますが、三遊亭圓生を名人と称する人が多いのが一般的な傾向かなという気がします。しかしその圓生自身が本当に「上手い ! ! 」と感嘆するより他なかったのが三遊亭小圓朝です。

確かに文楽、圓生、志ん生の独自の個性は感じられないかもしれません。ある意味、華が無いと言うことはできるかもしれません。しかし小圓朝の話を聞いていると思わず、「上手ぇなぁ。。。 」と唸ってしまうより他ありません。音源からはその所作は見えませんが、音だけでその所作のこまやかな動きがビシビシ伝わってきます。そして噺の中から豊穣に香り立ってくる“江戸”のにおい。究極のところまで精錬し尽くした教科書と言えるのかもしれません。これこそ名人中の名人の噺として唸ること間違いないでしょう。
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二代 廣沢虎造 「清水次郎長伝」
石松金比羅代参 / 石松三十石船道中
二代 廣沢虎造 ( 浪曲 )
( テイチク : TECR20108 )
「旅行けば駿河の国に茶の香り」の台詞で始まる「清水次郎長伝・石松三十石船道中」。そこから錆びの効いた虎造の歌と語りが始まります。するともうそこは江戸時代の街道の賑わいの中。

「呑みねぇ、呑みねぇおい呑みねぇ、寿司を食いねぇ、もっとこっちに寄んねぇ、江戸ッ子だってね」

虎造の語りは将に大人の子守唄(笑)。傍若無人でありながら人懐っこくておっちょこちょいの石松の様子が目に浮かんできます。もちろん全十六巻すべて聞き物。個人的には艶っぽくていなせな「追分三五郎/追分宿の仇討ち」の回など好きなのですが、一般的にはやはりこの「石松三十石船道中」が一番有名でしょう。

東京生まれの虎造が浪曲の本格的な修行をしたのは、実は大阪。東京に戻ってから大阪訛りが抜けなかったりして苦労したこともあるようです。また声がそれほど大きくなかったのでマイクが発達して人気が出るようになったり、浪曲の中では異色の部分もある虎造。しかし今では虎造なくして浪曲を語ることはできません。

虎造の語る 「清水次郎長伝」は、日本語がこれほどまでに豊かな言葉であることを実感できる代表的なものだと言って良いでしょう。ご家族揃って美しい日本語を堪能するのにピッタリの音源 (^^;) 。家族で車で遠出する際、家族全員で楽しめる最高のBGMだとの意見もあるとか、ないとか。。。
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おすすめサイト
花札
博徒のイメージの強い花札ですが、実は平安時代の「貝合わせ」からその始まりを見ることができる由緒と歴史のある遊びです。その魅力は日本の四季がそれぞれの札に描かれていること。その花札の歴史やひとつひとつの札に描かれている絵をうっとりとしてしまうほど美しいデザインで紹介しているサイトです。このページを見ていると思わず花札をやってみたくなること間違いなしです。
花札 Flash
WEB上で花札を楽しむことができる代表的なサイト。やっているうちについつい時間を忘れてしまいます。花札を実際にやってみると慣れるまでルールが大変ですが、日本の四季に対する細やかな感覚がその背景にあることが良く分かります。楽しく遊んでいるうちに日本の四季を彩る風物詩への感性が研ぎ澄まされることが実感できるはずです。花札は日本のこころをそのまま凝縮した遊びです。
『百人一首』・響きあう歌の心
百人一首はひとつひとつの歌をただ集めただけのものではなく、全体が密接に結びついたひとつのもの。藤原定家が言葉によるひとつひとつの歌の結びつきを主眼として編纂したもの。複数の歌を並べ合い、鑑賞することでより一層の味わいが増すとの立場から百人一首を紹介しているサイト。学術的な資料も充実していますが、ページのつくりがとてもきれいで丁寧。“歌かるた”の響きあう世界は実に豊穣です。
後 記 ・ 壱
小さいとき家ではテレビよりもラジオが頻繁にかかっていました。ラジオから流れるアナウンサーの軽妙な語り、そして落語や浪曲。実際にはどんなものがかかっていたのか全く思い出せないのですが、そのときに感じていたなんともいえないあったかい感覚は今でも思い出すことができます。

「びんぼう自慢」
ちくま文庫
古今亭 志ん生
そんなことから図書館から落語をかりることも頻繁にあったのですが、本腰入れて聞くようになったのは社会人になってから。以前勤めていた会社の同僚やお客様で落語好きがなぜか多かったのがきっかけでした。特に、お客さんで膨大な落語の音源を収集している方がいらして、用事も無いのにそのお客様のところへ顔を出して音源をかり聞きまくっていました(^^;)

そうして語り物の魅力にはまることになるのですが、聞くのと同時に落語家の本なども読むように。その中で一番面白かったのが、やはり古今亭志ん生の本。彼の人生は、もう落語そのものです。

志ん生の演目の中で実は最も大事にしていたひとつは「替り目」だと見ています。この演目はおかみさんに好き勝手言う亭主関白を絵に書いたような旦那が主人公。ベロベロに酔っ払って家に戻った旦那は、まだまだ呑み足りないからツマミを買ってこい!とおかみさんを叩き出します。しかし口では強情なことを言っていても、実はこころの底からおかみさんに感謝していたという噺。この噺、「びんぼう自慢」を読むと志ん生は“地”でやっているのがよく分かります。立川談志の「落語とは人間の業の肯定」という名言がありますが、志ん生のみならず家族全員がその業を味わい尽くしていたからこそ志ん生の芸はあったのだろうなと分かります。

それと語り物で外せないのが廣沢虎造 「清水次郎長伝」。品行方正の私としましては、やはり無いものに憧れがあるもの。暴力団はあきませんが、日本の侠客の文化は非常に関心そそられるものがあります。そこで今回、 「清水次郎長伝」を紹介しようと思って調べていたところ、とんでもないものが見つかりました!なんとあの「まんが日本昔ばなし」を手がけたスタッフによるアニメ浪曲紀行「清水次郎長伝」がなんとオンラインで配信されているではありませんか ! !

これには見つけた瞬間、大爆笑。「スゲー!こんなものあんのかー ! ! 」とただただビックリ。Biglobe 会員にならなければダウンロードできないのでまだ手を出していませんが、すぐに登録せねばと。。。

語り物はやはり素晴らしいです。これだけ語り物が豊かな日本に生まれてつくづく良かったと思うことしきりです。

後 記 ・ 弐
一時期、詩歌に興味を持って集中的に読んでいたことがあります。最近また日本古典文学を読んだりしていますがその中でつくづく感じるのは、文化で最も大切なのは“ことば”ということ。そして「詩とは言葉による音楽であり、その本質は祝詞である」ということ。

明治以降のいわゆる“詩”は私はちょっと受け付けません。どれも個人の感情を「表現する」ことが是とされているからです。そこには“詩”を口ずさむことによって人々の心の中に寿福が起きるかどうかといった精神は微塵もありません。“詩”をはじめ全ての芸能は、受け手の心に寿福を生じさせるものであって、その精神無く個人の感情を表現する入れ物だと考えているのは根本的に間違っていると思っています。

声を出して古典を読むこと。知識をどれだけ持っているかが重視されていたいままでの教育ではないがしろにされてきていたものです。意味は解らないで良いから、声を出して丸々そらんじることができるようになること。

表現することが何よりも正しいという考え方。意味を理解することをまず第一にする考え方。どちらも頭でっかちの考え方だといってよいと思います。

小さいときにきちんと躾られた人は、やはり得も言われぬ気品があります。しかしその躾は頭で理解して覚えたものではありません。理解できないまま覚えさせられ、時が経った後にいつのまにかその人の心の中で芽吹いているものです。同じ様に小さいときに声を出して古典を読むこと。それは意味を理解することは無くとも人々の安寧と寿福を願う“かしこき”こころを持つ一番の近道なのかもしれないと思っています。

とは言っても声を出して読むことが面倒なのは確か。いまさらちょっと恥ずかしい (^^;) そんなときは豊かで美しい日本語に耳を傾けるだけでものの見え方が変わってくるかもしれませんよ。
編集担当:中村 聡

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