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豊竹山城少掾 ( 浄瑠璃 ) 鶴沢清六 ( 三味線 ) |
| ( コロムビア : COCF71066〜7 ) |
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昭和前〜中期を代表する浄瑠璃として活躍した豊竹山城少掾(とよたけ・やましろのしょうじょう)。名人中の名人として知られた彼が最も得意としていた演目のひとつが「菅原伝授手習鑑」の「道明寺の段」の段。「菅原伝授手習鑑」は権勢を誇っていた藤原氏の策略によって大宰府に左遷される道真を題材にした文楽(人形浄瑠璃)三大名作のひとつです。大宰府に左遷される途上、道明寺で暗殺されるそうになる場面を描いたものです。
その切迫した場面を、互いに芸を研鑚し義太夫界きっての名コンビと賞賛された四代目鶴澤清六の三味線とともに見事に演じています。もちろん、ひとりひとりの描き分けの見事さも瞠目すべきものですが、何よりもふところ豊かな語り口に思わず引き込まれてしまいます。傑作です。
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竹本綱大夫 ( 浄瑠璃 ) 竹沢弥七 ( 三味線 ) |
| ( キングレコード : KICW-2505 ) |
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昭和中期を代表する浄瑠璃として活躍した竹本綱大夫。明朗さとともに着崩れすることのない典雅な語りが特徴と言えるでしょう。ついつい「粋だなぁ」と唸ってしまいます。
ここで演じられているのは浄瑠璃で演じられることで日本を代表する物語りとなった「忠臣蔵」。歌舞伎でも忠臣蔵は有名ですが、最初に舞台に上げられ爆発的ヒットとなったのはこの浄瑠璃からでした。このCDでは、「忠臣蔵」の中でも語り芸の境地と称される「三段目:松の間の段」と三味線と囃子が華々しく活躍する「七段目:一力茶屋の段」を収録しています。義太夫の楽しさをぎゅっと詰め込んだ格調高い名録音です。
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竹本越路大夫 ( 浄瑠璃 ) 野沢喜左衛門 ( 三味線 ) |
| ( ビクター伝統文化振興財団 : VZCG6 ) |
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昭和中〜後期を代表する浄瑠璃として活躍した竹本越路太夫。文楽の語りは「声を惜しんだり、体を庇ったり、そんな生半可なことではやれない」を持論とし、浄瑠璃として人間性・体力・テクニックが万全な時期は短いと語っています。その言葉どおり、まだまだ活躍できるとの声も多かった平成元年には自らの判断で芸歴に幕を閉じました。
その話に裏付けられるように真っ直ぐ、真剣な語り口はキリリッと引き締まっています。自在に彩られる語り口と磨きに磨き上げられた声には、実に上手いというより他ありません。このCDで演じられるのは「菅原伝授手習鑑」の「寺子屋」の段。凄絶な悲劇を描いたこの場面。“潔さ”という言葉が浮かぶその語りがより一層悲しみを引き立たせています。
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| 芳村伊十郎 (七代目) その他 |
| ( コロムビア : COCF70096 ) |
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舞台は桜満開の道成寺。安珍清姫伝説で知られる道場寺の鐘の供養の日。そこにあらわれた白拍子が舞を舞ううちにその本性である蛇の姿になって恋の舞を舞う日本舞踊界最高の演目と称されています。主題となっているのは桜満開の下、恋にとらわれた女性の艷やかさと儚さをいかに演じるかであって、ストーリーはいわばおまけ。
その舞踊の部分と同時に長唄も代表的な演目として知られています。ここで唄っているのは昭和31年に人間国宝に認定された七代目芳村伊十郎。その美声は何とも艷っぽく、まるでしなだれかかってくるようです。それだけに儚げでありながら美しいこの演目には相性が抜群です。まるで匂い立ってくるような最高の演奏です。
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市村羽佐衛門 (十五代目)、松本幸四郎 (七代目) 尾上梅幸(六代目) その他 |
| ( コロムビア : COCJ30695 ) |
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戦前の歌舞伎界を代表する伝説的名優たちの名場面・名台詞集。中でも誰もが認める美男子で爽快な台詞回しで大立者とされていた十五代市村羽佐衛門と「船弁慶」の弁慶役には並ぶ者なしと称された七代目松本幸四郎を中心に集められています。
歌舞伎が一般的にも支持があった時代だけに音の隙間から良き時代の空気感も伝わってくるようです。やはり当代きっての演者だけにどれも台詞回しは素晴らしい!「先代は、いやいや先々代は」との話を聞くことは多いですがそれも頷けます。
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坂東彦三郎 (六代目)、尾上菊五郎 (六代目) 市川男女蔵(四代目) その他 |
| ( 日本伝統文化振興財団 : VZCG536 ) |
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歌舞伎の魅力のひとつが各場面での台詞回し。語り口次第で場面が生きてきます。その台詞回しを昭和初期の歴史的名優が残したSP録音の復刻集です。
タイトルにもなっている名台詞「知らざぁ言って聞かせやしょう」を語る弁天小僧役は六代目尾上菊五郎。発音、テンポ、調子の三拍子が揃った浮かび上がってくる日本語の美しさ。その言葉の音の響きの美しさに誘われて、まるで華やかな舞台が目の前に広がってくるようです。日本語の美しさに聞き入ってしまうこと間違いなしです。
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富士松鶴千代、富士松小照(淨瑠璃) 菊沢一千代(三味線)、富士松時之助(上調子) |
| ( Victor : VDR-25164 ) |
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江戸の吉原で一世を風靡した新内。題材としているのは花魁との駆け落ち・心中などの人情劇。2人1組で演奏しながら街を歩く「新内流し」などで江戸庶民の語り物として親しまれました。しかし題材としている内容が内容だけに風紀を乱すとして幕府から禁止されたこともあったようです。
その新内の二大名曲と称されているのが「蘭蝶」と「明烏」。どちらも連綿と切々とした情感漂う名曲です。三味線の繊細なサワリとしなやかでありながらも芯のある唄語り。美女の膝枕で新内を聞きつつウトウトとしてみる。。。。恐らく江戸の遊郭では毎夜繰り広げられる風景だったのでしょう。さぞかし、お江戸は豊かな世界だったのでしょうねぇ。
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市丸(唄) 静子、豊藤、豊静(三味線) 他
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| ( Victor : VDR-25166 ) |
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義太夫節や長唄などの音楽を一般庶民が歌い始めたのが端唄です。義太夫節や長唄のように本格的な唄語りというわけではなく、より親しみやすく、悪く言うと軽くそれっぽくした一種の流行歌といってよいのかもしれません。それだけに、庶民の趣向が生かされるところとなって江戸の粋とでも言うのでしょうか。掛詞を散りばめてあっけらかんとした明るさが魅力であるような気がします。
中でも「さのさ」や「梅は咲いたか桜はまだかいな」で知られる「梅は咲いたか」は名曲中の名曲。演奏しているのは「茶切節」や「天龍下れば」でも知られる市丸で端唄の決定版とでもいえる一枚です。
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藤本二三吉全曲集 (一)〜(六) ⇒第四巻は特に曲目が揃ってお勧め |
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| 藤本二三吉 (唄), 藤本小静 (三味線) |
| ( コロンビア : COCJ-32949 ) |
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端唄・小唄で市丸と小唄勝太郎と共に戦前から人気を博していたのが藤本二三吉。言うなれば江戸の流行歌と言える端唄の魅力を広く伝えるのと共に、今日の端唄の基礎を作った人物とまで評価され、「二三吉の前に端唄なく、二三吉の後に端唄なし」とまで称せられています。
凛とした張りのある声は晩年まで衰えることはありませんでしたが、やはり若い頃の唄声は格別のものがあります。レコードを聞いてその節の美しさを楽しんでいたのですが、なかなかCDではまとまった音源は発売されていませんでした。しかしここにきてとうとう、コロンビアからCD六枚に渡る全集として発売になりました。
全く古臭さを感じさせるところのない歌声は逆に今だからこそ新鮮に聞こえてきます。温故知新として耳を傾けてみてはいかがでしょうか。
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| 柳家紫朝 (唄, 三味線) |
| ( リテライト : LYS0402 ) |
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寄席の演芸には欠かせない色物。落語家の高座の合間に行われますが、その代表的なものが端唄・俗曲などです。柳家三亀松と共に色物の歌い手として知られているのが柳家紫朝。名前は広く知られていたのですが、アルバムとしてまとまったものはなかったようです。その渇きを癒すように、待望の発売となったのがこちら。
江戸時代の商人・職人に親しまれていたのが新内です。花魁の心中ものが題材になっていることが多く、ある意味江戸情緒をもっともダイレクトに伝えるものです。落語もまた、吉原を題材とすることが多いだけれに、新内などの音曲は落語に欠かせないものです。その新内や都々逸などの名曲も収められています。
落語を聞いていると江戸っ子ののやせ我慢 (^_^;) と裏腹の切符の良さが気持ち良いもの。柳家紫朝の演奏は、その江戸っ子の粋さと洒落っ気が匂い立ってくるかのように感じられます。
江戸時代の人々の息遣いを伝える粋なCD。お勧めです。
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| 山彦節子、山彦綾子、山彦ちか子、山彦久江(淨瑠璃)/山彦貞子、山彦千子(三味線)/山彦康子(上調子) |
| ( Victor : VZCG-117 ) |
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河東節は江戸太夫河東がはじめた「助六」で知られる浄瑠璃。生粋の江戸浄瑠璃として人気がありましたが、江戸中期以降は富裕階級や知識階級の人々が嗜む高級な三味線音楽として、吉原などでもてやされていたようです。
さっぱりと衒いのバチ捌きと腰の据わった語り口。男性的とでも言えるその音楽。そのような情報を知って聞くとあながち恰幅の良い殿様などが酒を嗜んでいる場面にピッタリであるような気がしないでもありません (^^;) 後に山田流箏曲に影響を与えたというだけに箏曲と非常に近しい色合いを持っているといえます。
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